数日後の昼休み。
友達と一緒に歩いていたらクラスメイトの他のグループが話しているのが聞こえてきた。
「この前さ、バスでさ――」
男子生徒の声だった。
同じ学年の、別のクラスのグループ。
「うちのクラスの委員長、やばくてさ」
「やばいってなにが?」
その一言で、胸がざわつく。
(まさか……)
「途中でバス止めてさ、公園寄ったんだよ」
笑い声が重なる。
「しかもさ、降りた瞬間めっちゃ走っててさ」
「マジで限界って感じだったよな」
「顔、ガチだったもん」
また笑いが起きる。
軽いノリの、ただの雑談。
悪意なんて、きっとない。
でも。
その一つひとつの言葉が、やけにくっきりと耳に残った。
「バス乗る前にトイレ行けばよかったのに」」
「子供じゃないんだからトイレぐらい我慢できないかなぁ?」
「もっと早く言えばいいのに」
「ちびったんじゃね?」
そんな会話が続く。
友達と一緒だったから、気にしないふりをしていたけど、あのときの光景が、頭の中で蘇る。
走っていく後ろ姿。
戻ってきたときの、少し気まずそうな表情。
そして今、それが――
笑い話になっている。
胸の奥が、冷たくなる。
あの場では、誰も何も言わなかったのに。
気を遣っているように見えたのに。
少し時間が経てば、こうやって話される。
別のクラスにまで。
面白い出来事として。
(もし、自分だったら……)
その想像をした瞬間、息が詰まるような感覚がした。
自分のことが、誰かの口から語られる。
しかも、あんなふうに。
笑いながら。
「てかさ、女子ってトイレ行くのも大変そうだよな」
誰かが言った。
「いや、普通に行けばいいじゃん」
「でもさ、ああいうの恥ずかしいんじゃね?」
軽く交わされる会話。
何気ない言葉。
あることないこと話される恥ずかしさ。
気づいたとき、私は友達の話に生返事になりながら考えてた。
周りではいつも通り、友達が話している。
何も変わらない日常。
でも、自分の中だけが違っていた。
(絶対に、知られたくない)
その思いが、はっきりと形になった。
トイレに行くこと。
我慢していること。
少しでも余裕がなくなること。
全部。
誰にも知られたくない。
それから私は、さらに気をつけるようになった。
行くタイミングを減らす。
そもそも行かなくて済むようにする。
飲み物の量を調整する。
時間を計算する。
「念のため」という行動を、徹底的に避ける。
その代わりに選ぶのは、いつも同じ。
我慢すること。
あの日、廊下の角で聞いた笑い声は、
ずっと頭の中に残り続けている。
誰かにとっては、ただの面白い話。

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