人に、トイレに行くところは見られたくない。
でも――お漏らししてしまうのは、絶対に避けたい。
その二つは、どちらも譲れなかった。
どちらかを選ぶことはできない。
だから私は、その間にある細い道を選ぶしかなかった。
高校に入学して、最初にやったこと。
それは、教室の場所を覚えることでも、友達を作ることでもなかった。
――人が来ないトイレを探すこと。
自分でも、少しおかしいと思った。
でも、それが必要だった。
基本は、帰るまで我慢する。
けれど、人の体は思い通りにならない。
体調が悪い日。
水分を取りすぎた日。
予想よりも早く限界が近づく日。
そういう“例外”があることを、私はわかっていた。
だから――保険が必要だった。
「どうしても無理なときのための場所」
それを、あらかじめ確保しておきたかった。
入学してからの数日間、私は校内をそれとなく歩き回った。
休み時間や放課後、人の流れを観察しながら。
どこに人が集まるのか。
どこが通り道になっているのか。
どこが、誰にも気にされていないのか。
そして、少しずつわかってくる。
理科室や家庭科室は、授業がない時間になると、人が来ない。
廊下も静かで、足音が響くくらい。
当然、そこにあるトイレも――使う人がいない。
そこに立ってみて、私は少しだけ息を吐いた。
「ここなら、大丈夫かもしれない」
誰にも見られない。
誰にも気づかれない。
万が一のときでも、ここなら使える。
そう思える場所を見つけたことで、心のどこかが軽くなる。
完全な安心じゃない。
でも、“逃げ場がある”というだけで、全然違った。
それでも私は、普段は使わない。
あくまで保険。
どうしても無理なときだけ。
そう決めている。
――だから今日も。
私は教室に座ったまま、何もなかったように過ごしている。
「もしものときは、あそこがある」
そう思いながら――
私は、トイレに行かずに過ごしていた。

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