高校に入学したばかりの頃。
中学校と同じように、朝に一度行けば帰るまで我慢できる――
そう思っていた。
でも、部活を始めたことで帰る時間が遅くなり我慢する時間が伸びてきつかった。
昼を過ぎたあたりから、なんとなく意識してしまう。
「……ちょっと、行きたいかも」
はっきりした強い感覚じゃない。
でも、確かにそこにある違和感。
授業中、ふとした瞬間に思い出す。
気にしないようにしても、完全には消えない。
そして、放課後。
授業が終わって、部活に向かう頃になると――
はっきりと、意識するようになっていた。
「トイレ、行きたい」
中学校の頃だと部活をしていなかったので家に帰って出せてたのに
更に我慢しなきゃいけない。
文学部の部室に向かいながら、私は何度も自分に言い聞かせる。
「大丈夫、まだいける」
中学校のときも、これくらいはあった。
そう思い込もうとする。
でも、我慢しなきゃいけない時間が増えるのは慣れるまできつかった。
ただ、確実に――おしっこを限界まで我慢しなきゃいけない。
それでも、私は我慢する。
いつも通りに。
何も変わらないように。
そして、危なげながらも家まで我慢する生活を送れていて何とかなるかもと思っていた。
でも、ある日。
その“いつも通り”が、崩れかけた。
昼休み。
教室の中はざわざわしていて、みんなそれぞれの時間を過ごしている。
その中で、私は一人、静かに違和感を抱えていた。
「……ちょっと、まずいかも」
今までは、意識すればなんとかなるレベルだった。
でもその日は違った。
じっとしていても、はっきりわかる。
我慢している、という感覚。
足を組み替えたり、姿勢を変えたりしてごまかすけど、
完全には消えない。
頭の中で、計算する。
「ここから、あとどれくらい……?」
放課後まで。
部活まで。
帰宅まで。
考えれば考えるほど、不安が大きくなる。
――無理かもしれない。
その考えが、初めて現実味を帯びた。
その瞬間、別の考えが浮かぶ。
「……今日は無理そう、あそこのトイレなら人がいないから行った方がいいよね?」
理科室の近くのトイレ。
人が来ない場所。
自分が見つけた“保険”。
使わないと決めていた場所。
でも――
「仕方ないよね、このまま我慢を続けて家まではもたない。」
誰にも聞こえないように、心の中でそう呟く。
私は静かに席を立った。
「ちょっと、図書室行ってくる」
適当な理由をつけて、教室を出る。
誰も特に気にしない。
それだけで、少しだけ安心する。
廊下に出ると、教室のざわめきが遠くなる。
足音が、やけに大きく聞こえる。
周りに人がいないことを確認しながら、ゆっくり歩く。
急いでいると思われたくない。
でも、早く行きたい。
「トイレに行くって思われたくない、誰も見ないで」
その矛盾した気持ちのまま、目的の場所へ向かう。
理科室の前を通り過ぎて、さらに奥へ。
――誰もいない。
トイレの前に立って、一瞬だけためらう。
本当に、入るのか。
でも、もう迷っている余裕はなかった。
ドアを開けて、中に入る。
静かだった。
人の気配は、まったくない。
個室に入って、鍵をかける。
その音が、やけに大きく感じる。
――大丈夫。
誰もいない。
そう思った瞬間、張りつめていたものが一気に緩む。
ようやく、我慢しなくていい。
その安心感に包まれながら、私はホッとしながら出し始めた。
我慢していたので最初は勢いよくでるが、最後は残尿感があり絞りきるように何回かにわけて出し切る。
早く終わって欲しいと思いながらも、中々終わらない。
終わったあとはトイレから出るところ見られたくないので早く出なきゃと。
「……高校で初めてトイレに来ちゃった」
そう思う。
決めていたはずなのに。
使わないつもりだったのに。
でも同時に、もう一つの気持ちもあった。
「間に合ってよかった」
もし、あのまま我慢していたら。
そう考えると、少しだけ怖くなる。
だからこれは、仕方ないこと。
そう、自分に言い聞かせる。
手を洗って、鏡を見る。
そこには、いつも通りの自分が映っている。
何も変わっていないように見える。
でもきっと、少しだけ違う。
――“例外”を、作ってしまったから。
トイレを出て、廊下に戻る。
相変わらず、人の気配はない。
それを確認してから、私はゆっくりと教室へ戻った。
何事もなかったように。
何もなかった顔で。
席に座る。
周りは、さっきと同じように騒がしい。
誰も、何も気づいていない。
そのことに安心しながら――
私は静かに思う。
「……次は、気をつけよう」
そう思いながらも、
あの場所の存在を、より強く意識している自分がいた。

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