大学進学を機に、一人暮らしを始めた。
最初は不安もあったけれど、同時に少しだけ安心もしていた。
家に帰れば、自分しかいない。
誰の目も気にしなくていい。
実家にいた頃は、トイレに入るタイミングや物音ですら少し気を遣っていたけれど、一人暮らしではそれがない。
その安心感は、思っていたよりずっと大きかった。
そして、一人暮らしを始めてから、私はあることをするようになった。
――自分の限界を確認すること。
今思えば、少し変だったのかもしれない。
でも、私にとっては必要な確認だった。
どれくらいなら平気なのか。
どのくらいから危なくなるのか。
それを知らないまま外に出る方が怖かった。
だから私は、自分の感覚を細かく観察するようになった。
水分をあまり取らなかった日。
逆に意識して多めに飲んだ日。
コーヒーを飲んだ日。
寒い日。
疲れている日。
条件によって、かなり違う。
もちろん体調にも左右される。
「今日は妙に早いな」と思う日もあれば、
「まだ全然平気」と感じる日もある。
でも、何度も繰り返すうちに、だんだん自分の基準が見えてきた。
水分をあまり取っていない日なら、尿意を意識し始めるまで大体三時間くらい。
そこから六~七時間くらいまでは、かなり余裕を持って過ごせる。
普通に生活していても、特に気にならない。
会話もできるし、何かに集中していれば忘れている時間もある。
でも、十時間くらいを超えてくると変わる。
まだ我慢はできる。
ただ、頭の片隅にずっと残る。
「そろそろ一回行っておきたいな」
そんな感覚。
だから私の中では、
“家を出てから帰るまで十時間くらい”
それが一つのセーフラインになっていた。
もちろん絶対ではない。
水分量や体調で変わる。
でも、基本的にはそのくらいなら、平静を装ったまま過ごせる。
逆に、十二時間近くなると少し危ない。
まだ耐えられないわけじゃない。
でも、「どこかで一回行っておきたい」と思うレベルになる。
だから予定を見るときも、私は自然と逆算する。
今日は何時間外にいるか。
途中で安心して入れる場所があるか。
帰宅時間は何時か。
そして、
「家のトイレまで、あとどれくらいか」
それを常に頭のどこかで計算している。
普通の人から見れば、そんな生活は窮屈に見えるのかもしれない。
でも私にとっては、それが“普通”だった。
限界を知っているから、外では平静を保てる。
どこまでなら笑っていられるか。
どこから危なくなるか。
それがわかっているだけで、不思議と安心できた。
だから私は、一人暮らしの部屋で静かに確認を繰り返していた。
誰にも知られず。
まるで、自分の体の取扱説明書を作るみたいに。

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