あの日のことを、いまでもはっきり覚えている。
多くの人にとっては、ただの学校生活の一場面に過ぎないのかもしれない。けれど、私にとっては――人生の向きが少しずつ変わり始めた、岐路のような出来事だった。
もともと私は、トイレに行くこと自体が恥ずかしいと感じるタイプだった。
誰もが当たり前にすることなのに、「今からトイレに行く」と周りに思われることがどうしても耐えられない。そんな感覚が、小さい頃からずっと心のどこかにあった。
中学校に入った頃は、まだ今ほどではなかった。
朝起きて学校へ行く前、八時ごろに一度。
給食を食べ終わった後の昼休みに一度。
家に帰って一度。
そして寝る前に一度。
一日に四回くらいは、普通にトイレに行っていたと思う。
周りと比べても特別少ないわけじゃないし、困ることもなかった。
――あの出来事があるまでは。
クラスの委員長だった男子。
真面目で、みんなから頼られていて、先生からの信頼も厚い人だった。私も最初は、ただ「しっかりした人だな」と思っていただけだった。
でも、ある日を境に、その印象は一変した。
詳しくは思い出したくない。
ただ、その人の何気ない一言と、周囲の笑い声。
それだけで十分だった。
その日以来、私は男子に対して強い苦手意識を持つようになった。特に「見られること」「知られること」への恐怖が、急に大きくなった。
トイレに行くという行為も、その中に含まれてしまった。
「今、あの人たちに“トイレに行くんだ”って思われるかもしれない」
そう考えただけで、足がすくむ。
気づけば、昼休みにトイレへ行く回数が減っていった。
最初は「今日は行かなくても大丈夫かな」くらいの軽い気持ちだった。けれど、それが何度も続くうちに、行かないことが当たり前になっていった。
そして三年生になる頃には、完全に習慣が変わっていた。
朝、家を出る前に一度だけ。
それ以降は――帰宅する十六時頃まで、絶対に行かない。
そう決めていた。
もちろん、体は正直だ。
学校で一度もトイレに行かないと、時間が経つにつれて膀胱がじわじわと張ってくるのがわかる。
授業中、椅子に座っているだけで意識がそこに向いてしまう。
ちょっとした振動や姿勢の変化で、不安が一気に大きくなる。
「早く帰りたい」
その気持ちは、日に日に強くなっていった。
家のトイレのことばかり考える帰り道。
あと何分、あと何分と、頭の中で繰り返す。
でも同時に、もう一つの感情がずっと付きまとっていた。
「こんなに我慢しているって、知られたくない」
もし誰かに気づかれたらどうしよう。
変だと思われたらどうしよう。
笑われたら――。
そう考えると、苦しいはずなのに、誰にも頼れなかった。
むしろ、平然としていなければならない。
何も問題がないふりをして、普通に会話して、普通に笑って。
その裏で、ただひたすら耐え続ける。
誰にも知られないように。
知られてはいけないものとして。
――それが、私の中学校生活の後半だった。
そして、ようやく家にたどり着く。
家に到着すると安心したのか尿意が高まるが油断せずに荷物を置き落ち着いてトイレに向かう。
トイレに入って鍵を閉めたら、もう、誰にも見られない。
張りつめていた意識がほどけていくのが、自分でもわかる。
急いでスカートをまくり上げ、下着をおろしトイレに座る。
やっとトイレに行けたという安心感と我慢していたおしっこを出す解放感が凄く気持ちよかった。
行くのを見られたくないという気持ちと、誰にもみられずに用を足せる気持ちよさが癖になってきた。

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