「そういえば……」
朝ごはんを食べ終わって少し落ち着いた頃、彼女がふと思い出したように私を見た。
「先輩って、いつトイレ行ってるんですか?」
「え?」
一瞬だけ、心臓が跳ねる。
彼女は不思議そうな顔のまま続けた。
「仕事中、一回も行ってるところ見たことないです」
その言葉に、私は思わず苦笑する。
たしかに、入社してから彼女の前でトイレへ行ったことは一度もない。
というより、会社にいる間は基本的に行かない。
朝家を出る前に済ませて、帰宅するまで我慢する。
だから、彼女が見る機会なんてそもそも存在しない。
でも、それを説明するのは少し恥ずかしかった。
なんでそんなに我慢するんですか?
って聞かれる未来も簡単に想像できる。
私は少しだけ視線を逸らしながら、わざと曖昧に笑った。
「ふふ」
「……いつ行ってるんだろうね?」
濁すようにそう答えると、彼女は「えぇー?」と不満そうに笑った。
でも、それ以上は深く聞いてこなかった。
私はそのやり取りをしながら、ぼんやり思う。
この子とは、かなり気が合うかもしれない。
同じ女子高出身。
男性が少し苦手なところ。
気を遣いすぎるところ。
それに――普段しっかりしてるのに、時々見せるギャップが可愛い。
もっと話してみたい。
そう思った。
だから私は、少しだけ勇気を出して聞いてみる。
「……今度さ」
「二人だけで飲みに行かない?」
彼女は一瞬だけ目を丸くした。
でも次の瞬間、ぱっと嬉しそうな顔になる。
「え、ぜひ!」
かなり即答だった。
その反応が嬉しくて、私は思わず笑ってしまう。
「よかった」
「嫌がられるかと思った」
「そんなことないです!」
彼女はぶんぶん首を振る。
「先輩といるの、すごく楽しいですし……」
その言葉を聞いて、胸の奥が少し温かくなった。
それからも、私たちはお昼前くらいまで色んな話をした。
仕事のこと。
高校時代のこと。
好きな本とか、休日の過ごし方とか。
不思議なくらい会話が途切れない。
でも時計が昼前を指した頃、彼女が少し名残惜しそうに言った。
「あんまり長居しても悪いので……」
「そろそろ着替えて帰りますね」
私は「そっか」と頷いて、昨日預かっていた服と下着を渡した。
すると彼女はそれを受け取りながら、少し恥ずかしそうに笑う。
「……着替えるので、あんまり見ないでくださいね」
そう言って、少し慌てたように着替え始める。
私は「見ない見ない」と笑いながら、わざと視線を逸らした。
布擦れの音がして、しばらくしてから「終わりました」と小さな声が聞こえる。
振り返ると、そこにはいつもの彼女がいた。
きっちりした服装。
整えられた髪。
会社で見慣れている、“ちゃんとした新入社員”の姿。
でも私は知っている。
昨日、酔ってふにゃふにゃになっていた姿も。
恥ずかしそうにトイレを借りた姿も。
その全部を知った今、以前より少しだけ、彼女との距離が近くなった気がしていた。

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