新入社員のトイレ事情⑩ これからもよろしく

「そういえば……」

朝ごはんを食べ終わって少し落ち着いた頃、彼女がふと思い出したように私を見た。

「先輩って、いつトイレ行ってるんですか?」

「え?」

一瞬だけ、心臓が跳ねる。

彼女は不思議そうな顔のまま続けた。

「仕事中、一回も行ってるところ見たことないです」

その言葉に、私は思わず苦笑する。

たしかに、入社してから彼女の前でトイレへ行ったことは一度もない。

というより、会社にいる間は基本的に行かない。

朝家を出る前に済ませて、帰宅するまで我慢する。

だから、彼女が見る機会なんてそもそも存在しない。

でも、それを説明するのは少し恥ずかしかった。

なんでそんなに我慢するんですか?

って聞かれる未来も簡単に想像できる。

私は少しだけ視線を逸らしながら、わざと曖昧に笑った。

「ふふ」

「……いつ行ってるんだろうね?」

濁すようにそう答えると、彼女は「えぇー?」と不満そうに笑った。

でも、それ以上は深く聞いてこなかった。

私はそのやり取りをしながら、ぼんやり思う。

この子とは、かなり気が合うかもしれない。

同じ女子高出身。

男性が少し苦手なところ。

気を遣いすぎるところ。

それに――普段しっかりしてるのに、時々見せるギャップが可愛い。

もっと話してみたい。

そう思った。

だから私は、少しだけ勇気を出して聞いてみる。

「……今度さ」

「二人だけで飲みに行かない?」

彼女は一瞬だけ目を丸くした。

でも次の瞬間、ぱっと嬉しそうな顔になる。

「え、ぜひ!」

かなり即答だった。

その反応が嬉しくて、私は思わず笑ってしまう。

「よかった」

「嫌がられるかと思った」

「そんなことないです!」

彼女はぶんぶん首を振る。

「先輩といるの、すごく楽しいですし……」

その言葉を聞いて、胸の奥が少し温かくなった。

それからも、私たちはお昼前くらいまで色んな話をした。

仕事のこと。

高校時代のこと。

好きな本とか、休日の過ごし方とか。

不思議なくらい会話が途切れない。

でも時計が昼前を指した頃、彼女が少し名残惜しそうに言った。

「あんまり長居しても悪いので……」

「そろそろ着替えて帰りますね」

私は「そっか」と頷いて、昨日預かっていた服と下着を渡した。

すると彼女はそれを受け取りながら、少し恥ずかしそうに笑う。

「……着替えるので、あんまり見ないでくださいね」

そう言って、少し慌てたように着替え始める。

私は「見ない見ない」と笑いながら、わざと視線を逸らした。

布擦れの音がして、しばらくしてから「終わりました」と小さな声が聞こえる。

振り返ると、そこにはいつもの彼女がいた。

きっちりした服装。

整えられた髪。

会社で見慣れている、“ちゃんとした新入社員”の姿。

でも私は知っている。

昨日、酔ってふにゃふにゃになっていた姿も。

恥ずかしそうにトイレを借りた姿も。

その全部を知った今、以前より少しだけ、彼女との距離が近くなった気がしていた。

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