郊外学習の帰りのバスで委員長がトイレに駆け込んだ日

郊外学習の帰りのバスは、行きとは違って静かだった。

一日歩き回った疲れと、少しの眠気。
窓の外はゆっくりと夕方に変わっていく。

私は座席に体を預けながら、ぼんやりと外を見ていた。

私の前の席に委員長が座っていた。

でも、その背中はどこか落ち着かないように見えた。

(また……?)

委員長に限ってそんなことないかとすぐに視線を外した。

しばらくして、背筋をピンと伸ばしつつもソワソワしていてトイレに行きたいと気づいてしまった。

でも、私が声をかけるのは変だしと思っていた。

委員長が、隣に座っている友達に何かを話している。
声は聞こえない。

でも、様子でわかる。

友達が少し驚いた顔をして、頷く。
そして席を立ち、通路を進んで先生のところへ向かう。

(やっぱり……)

委員長やっぱりトイレ行きたかったんだ。胸の奥が、ざわついた。

先生が運転手に近くでバスが止められてトイレが使える場所がないか相談していた。
中々見つからないのか10分ぐらい経った後に先生から
「少しだけ、近くの公園に寄ります」

その一言で、空気が変わった。

誰も大きくは反応しない。
でも、全員が理由を理解している。

この間委員長は窓の外をみてずっとソワソワしていた。

窓の外には、小さな公園。
見覚えのある、どこにでもあるような場所。

完全に停まるよりも少し早く、委員長は立ち上がった。

ドアが開く。

その瞬間――

彼女は外へ飛び出した。

ほとんど走るように、公園の奥へ向かっていく。

その時顔を真っ赤にしてスカートの上から思いっきり前押さえしていて本当に限界だったんだと思う。

「委員長大丈夫かな……」

そんな声が、どこかから聞こえる。

そのとき、先生が言った。

「他にも行きたい人がいたら、今のうちに行っていいですよ」

やわらかい口調だった。

気を遣っているのが、はっきりわかる。

数人が席を立つ。

「じゃあ、ついでに行っとく?」

そんな軽いノリで、友達同士で降りていく。

笑いながら。
いつも通りの雰囲気で。

それを見ながら、私は動かなかった。

(……行った方がいい)

頭では、わかっていた。

このまま学校に戻るまでには、まだ時間がある。
今なら、何も問題はない。

むしろ――

今しかない。

でも。

体は動かなかった。

(ここで行ったら……)

その考えが、足を止める。

委員長と同じように、
「我慢できなかった人」だと思われるかもしれない。

たとえ誰もそんなふうに考えていなくても。

たとえ、ただの自然な行動だったとしても。

自分だけは、どうしてもそう思えてしまう。

私は座席に座ったまま、窓の外を見た。

公園の木々。
夕方の光。

その奥にあるトイレの建物を、意識的に視界から外す。

(大丈夫)

(まだ我慢できる)

心の中で、何度も繰り返す。

それが、本当かどうかよりも。
そう思い込むことの方が、大事だった。

しばらくして、委員長が戻ってきた。

行きのときと同じように、少しだけ視線を落としている。

でも今度は、さっきよりもはっきりとわかった。

ギリギリだったんだ。

その事実が、言葉にしなくても伝わってくる。

バスが再び動き出す。

私は座席に深く座り直し、静かに息を吐いた。

(私は、ああならない)

そう強く思った。

どれだけでも我慢する。

その帰り道の決意は、
気づけば私の中で揺るがないものになっていた。

私はあのとき、確かに思ったのだ。

人前で我慢できずトイレに行くことだけは、したくない。

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