普通の人からすると、長時間トイレを我慢するなんて信じられないと思う。
「行きたくなったら行けばいいじゃん」
たぶん、本当にその通りなんだと思う。
実際、周りの人たちはそうしている。
買い物の途中でも、仕事の合間でも、飲み会の途中でも。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
それだけ。
誰も気にしないし、すぐ戻ってくる。
でも、私にはそれがどうしてもできない。
トイレに行くところを見られるのが恥ずかしい。
“今から用を足しに行く”って周りに知られること自体に、強い抵抗感がある。
だから私は、できる限り平静を装う。
本当は少し前から気になっていても、
何事もない顔で会話を続ける。
できるだけ自然に。
いつも通りに。
「まだ大丈夫」
そう自分に言い聞かせながら。
私にとって、“トイレに行く”という行動は、かなり最後の手段に近い。
限界寸前。
本当に漏れそうなときに、やむを得ず行くもの。
だから普段の生活では、常に逆算している。
今日は何時に家を出るか。
帰宅は何時になるか。
途中で寄り道はあるか。
飲み物はどれくらい飲むか。
そして、
「家の、人目につかないトイレに行けるまで、あとどれくらい耐えればいいか」
それを無意識に計算している。
自分の“本当の限界”も、だいたいわかっている。
ここまでは余裕。
このあたりから意識し始める。
ここを超えると危ない。
普通の人なら考えないようなことを、私は毎日のように考えている。
もちろん、きつい。
早く帰りたいと思う日もあるし、
「今日はちょっと無理かも」と不安になる日もある。
でもそれ以上に、
「トイレに行くところを見られたくない」
という気持ちの方が強い。
だから今日も、私は平然とした顔をする。
周りと同じように笑って、会話して、普通に過ごす。
その裏で、静かに時間を計算しながら。

コメント