私は、自分のことよりも先に、周りのことを気にするようになった。
きっかけは、本当に些細なことだったと思う。
昼休み、いつも一緒にいる友達の一人が、「ちょっとトイレ行ってくるね」と立ち上がった。
それを見送って、なんとなく時計を見る。
それだけ。
ただそれだけのはずなのに、そのあともなぜか頭の片隅に残り続けた。
「さっき、行ってたよね」
次にその子が席を立ったとき、ふとそんなことを思う。
そしてまた時計を見る。
……二時間くらい。
「また行くんだ」
その瞬間、妙に引っかかる感覚があった。
それからだった。
私は少しずつ、周りの人の“トイレに行くタイミング”を覚え始めた。
あの子は、だいたい二時間に一回。
あの子は、三時間くらい我慢することもあるけど、昼休みには必ず行く。
授業と授業の間に、さっと抜ける子もいる。
気づけば、誰がどのくらいの間隔でトイレに行くのか、なんとなくわかるようになっていた。
別に、見ようとしていたわけじゃない。
ただ、気になってしまっただけ。
そして、その“周期”が見えてくると、次の段階に入ってしまった。
「そろそろ、あの子行くな」
そう思った直後、本当にその子が席を立つ。
当たる。
何度も何度も。
偶然じゃないとわかるくらいに。
そのたびに、胸の奥がざわついた。
――じゃあ、今は?
私は、頭の中で考え始める。
「この時間って、本当はトイレ行きたくなる頃じゃない?」
周りの周期と、自分の状態を重ねてしまう。
でも私は、行かない。
行かないと決めているから。
そうすると、もう一つの考えが浮かんでくる。
「今、あの子は我慢してるかもしれない」
例えば、授業中。
さっきの休み時間に行っていない子を見ると、無意識に思ってしまう。
「さっき行ってないよね。じゃあ、今ちょっと我慢してるのかな」
そんなふうに。
もちろん、本当のところはわからない。
でも、一度そういう見方を覚えてしまうと、もう元には戻れなかった。
教室の中が、少し違って見えるようになる。
誰が今、余裕があるのか。
誰が、そろそろ限界に近いのか。
そんなことを、勝手に考えてしまう。
そして――気づいてしまう。
「じゃあ、私は?」
周りは、二時間か三時間に一回。
それが“普通”だとしたら。
私は、その半分以下。
朝一回行ってから、帰るまで行かない。
六時間以上。
何もなければ、七時間近く。
その事実を、改めて自覚したとき。
胸の奥が、少しだけ冷たくなった。
「やっぱり、おかしい」
そう思うのに、やめられない。
むしろ逆に、確信に近づいていく。
「だからこそ、行かない方がいい」
周りと違うことを、知られたくない。
気づかれたくない。
だったら、行かない方がいい。
そうやって、自分の中で理屈が出来上がっていく。
気づけば私は、
周りのトイレのタイミングを読みながら、
自分だけは絶対にそこに入らないようにする――
そんなふうに、振る舞うようになっていた。
そして今日も、私は考えている。
「今の時間、普通ならトイレ行きたくなる頃だよね」
わかっている。
体も、ちゃんと反応している。
でも、それでも。
私は、席を立たない。
誰にも気づかれないように。
何も変わらないふりをして。
ただ、静かに我慢し続ける。

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